武士道とは死ぬことと見つけたり

仰々しい言葉の奥にあるもの

「武士道とは死ぬことと見つけたり」

有名な言葉ですが、現代ではあまり耳にしませんし、日常で使うこともほとんどありません。

この言葉は、江戸時代の武士の心得をまとめた 葉隠 (はがくれ)に記された一節です。

タイトルだけを見ると、とても仰々しく、昔の言葉に感じます。

けれど私はかつて空手の師範の武勇伝で、こんな記事等を見聞きしたことがあります。

若い頃、死と隣り合わせで稽古をしていたこと。
仕事や私生活でも、危険な場面に遭遇してきたこと。
まるで漫画のような話でした。

そして師範は、よくこのような事を話されていました。

「一挙手一投足の動きの中に、相手を倒す技が宿るからこそ、武術としての美が生まれる」

当時は正直、よく分かりませんでした。
私のような平和人には、「死と向き合う感覚」など想像もできませが、

“いつ終わってもおかしくない”そんな覚悟が心にあれば、そこに迷いがなくなり、腹も据わってくる。

現代の日本で、本当に死を覚悟して生きる人は多くないでしょう。
けれど、かつての一部の日本人には、そうした生死観があったのだと思います。

その感覚が、武道の所作や精神性の奥に、今も静かに流れているのかもしれません。